2009年12月15日
高次脳機能障害
「高次脳機能障害」昨年脳出血で入院した当初、担当医より下された診断でした。特に「右脳」をやられた時に起こる症状「無関心」、ボクの場合出血量が多くて、出血の時間も長かったので、症状が重かったようだ。折角息子がお見舞いにきても「無関心」で「顔を背ける」それに日中ラジオTVも一切見ない、聞かない、ただただベッドサイドに座っている、という状況が続いた。心配した妻がラジオをつけると「五月蝿い」と言ってはTVもラジオも消す、それに加えて身体のバランスが著しく悪くトイレで用を足せない、車椅子からトイレの便座への乗り移りがうまくいかない、ズボンを汚すので、実際には約1年間「アテント(紙オムツ)」生活が続いた。そんなこんなの状況により「鬱」と診断されて「心療内科」や「精神科」へ連れて行かれたり薬を処方されたり、リハビリでも「記憶」訓練を受けたり、麻痺している左側への注意が散漫だと左側の認識力強化の訓練があったり、人間の「顔の表情」の読み取り訓練まで受けた、具体的に言うとパソコンの画面に映し出された様々な表情を認識し喜怒哀楽を示す訓練だった。それを自主トレで改善しようと思い付いたのが10月からの那覇市障害者センターでのボランティア「パソコン同好会」だ。障害者の施設ということもあってトイレの失敗はそれほど苦にならないのではないかとも考え、他の障害者からの遠慮無い様々なタイミングでの質問に答えることが脳のリハビリになるだろうと、自分で考えての企画だったわけ。しかし、この行動が最近では誤解を引き起こし始めていて困るのです。親にも「仕事もやらないで、のんきに遊んでばかりいる」などとグチをこぼされるようになってきている。周囲の知人からも「金も稼がないで何がボランティアだ」などと呆れられることもしばしば。
高次脳機能障害って??
http://park6.wakwak.com/~achk/kouzinou.html
高次脳機能障害って??
http://park6.wakwak.com/~achk/kouzinou.html
2009年11月22日
死んだ子の歳を数えてばかりいる
「死んだ子の歳を数えてばかりいる」とは、昨年、脳出血を起こして、昏睡状態から目覚めて,
手足の機能が麻痺して、途方に暮れて鬱状態になっていたボクの状態を妻に伝えた担当医の説明。「だから鬱なのですよ。」ということで、現在は、ぜんぜん落ち込んじゃいませんよ。そんなことで悩んでいるように暇じゃないし。昨晩、PTAで他のお父様方にお会いして、ハンディキャップを負った自分にショックを受けるのじゃないか」と心配した妻が、「そういえばこんなこともあったよね」って急に思い出した、担当医のひとこと。小学校のこどもまつりのお手伝いが出来なくなったのでそのミーティングの席上ではたしかに空しかったですよ。
でも、一昨年の同じミーティング(当時PTA役員以外のお父様方ってボクともうひとりの二人だけ)に比べ、お父様方のご参加が格段に増えていたのでうれしかったからすぐさま気を取り直しました。その後の2次会は楽しかったので、迎えに来てくれた妻の運転する車に乗っていた娘が2才なのに何かを察したのか「おとうさん、よかったね!」と言われたのはさすがにジーンと来ましたけどね。それでボクは妻に「この2才、何を言っているんだか。」って言いましたよ。
手足の機能が麻痺して、途方に暮れて鬱状態になっていたボクの状態を妻に伝えた担当医の説明。「だから鬱なのですよ。」ということで、現在は、ぜんぜん落ち込んじゃいませんよ。そんなことで悩んでいるように暇じゃないし。昨晩、PTAで他のお父様方にお会いして、ハンディキャップを負った自分にショックを受けるのじゃないか」と心配した妻が、「そういえばこんなこともあったよね」って急に思い出した、担当医のひとこと。小学校のこどもまつりのお手伝いが出来なくなったのでそのミーティングの席上ではたしかに空しかったですよ。
でも、一昨年の同じミーティング(当時PTA役員以外のお父様方ってボクともうひとりの二人だけ)に比べ、お父様方のご参加が格段に増えていたのでうれしかったからすぐさま気を取り直しました。その後の2次会は楽しかったので、迎えに来てくれた妻の運転する車に乗っていた娘が2才なのに何かを察したのか「おとうさん、よかったね!」と言われたのはさすがにジーンと来ましたけどね。それでボクは妻に「この2才、何を言っているんだか。」って言いましたよ。
2009年10月31日
はじめのうちは不利だと思っていました
はじめのうちは不利だと思っていました。
発病して、左腕が動かなくなって、右手一本になってしまって、悲しいやら、右肩の痛み(肩関節周囲炎症)やらで絶望感でいっぱいでしたけど、痛みもとれて慣れてくると「のど元過ぎると熱さ忘れました、ほとんどね」、時折リハビリのスタッフに「もしも左手が動いたら何がしたいですか?」と質問される場合がある。これって「バカにするな!」って無性に腹が立つ。でも現在意外と冷静に聞けるようになってきた。人間て不思議だなぁ〜。ボクはちょっと辛いことがあっても案外きれいに忘れ去ることができるようだ。実に、テキトーな性格みたい(笑)で、この状態でタッチタイプの速度は上がったかも、日によってミスタイプが多くて嫌になる(凹む)日もありますが...
発病して、左腕が動かなくなって、右手一本になってしまって、悲しいやら、右肩の痛み(肩関節周囲炎症)やらで絶望感でいっぱいでしたけど、痛みもとれて慣れてくると「のど元過ぎると熱さ忘れました、ほとんどね」、時折リハビリのスタッフに「もしも左手が動いたら何がしたいですか?」と質問される場合がある。これって「バカにするな!」って無性に腹が立つ。でも現在意外と冷静に聞けるようになってきた。人間て不思議だなぁ〜。ボクはちょっと辛いことがあっても案外きれいに忘れ去ることができるようだ。実に、テキトーな性格みたい(笑)で、この状態でタッチタイプの速度は上がったかも、日によってミスタイプが多くて嫌になる(凹む)日もありますが...
2009年10月22日
入院回想録
ちょっと恐いもの見たさでした。
入院回想録
(入院当日)5月8日ってゴーヤーの日2008年05月08日04:28
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=799778483&owner_id=658&org_id=974093508
依然入院中2008年10月25日17:20
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=974093508&owner_id=658&org_id=799778483
思い出してきた。2008年5月8日午前9:30頃に突然麻痺しました。
たしか、10:00ころに救急車で病院に搬送されました。
そのときは「ちょっと眠ったら帰宅しよう」って簡単に考えていて、ICUで排尿のための管を挿入された時に「きたくできなくなった。今日は息子とゴーヤーを食べる約束してたのに、かわいそうなことしたな」って思ってどうにか管をはずそうともがいたら、周囲の看護師さんが「先生、暴れています、安定剤をお願いします」とか言われました。そのうち妻が来てくれて、「ゴメン、帰れなくなったようだよ、帰りたいよ、嫌だよ」って話したことなどが思い出されました。
まだ左手は動いたな。「脳出血って大変だよ」って、友人らにメールした記憶もあるな。
入院回想録
(入院当日)5月8日ってゴーヤーの日2008年05月08日04:28
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=799778483&owner_id=658&org_id=974093508
依然入院中2008年10月25日17:20
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=974093508&owner_id=658&org_id=799778483
思い出してきた。2008年5月8日午前9:30頃に突然麻痺しました。
たしか、10:00ころに救急車で病院に搬送されました。
そのときは「ちょっと眠ったら帰宅しよう」って簡単に考えていて、ICUで排尿のための管を挿入された時に「きたくできなくなった。今日は息子とゴーヤーを食べる約束してたのに、かわいそうなことしたな」って思ってどうにか管をはずそうともがいたら、周囲の看護師さんが「先生、暴れています、安定剤をお願いします」とか言われました。そのうち妻が来てくれて、「ゴメン、帰れなくなったようだよ、帰りたいよ、嫌だよ」って話したことなどが思い出されました。
まだ左手は動いたな。「脳出血って大変だよ」って、友人らにメールした記憶もあるな。
2009年10月02日
2009年08月05日
壊死性リンパ節炎
入院中一番きつかったのは「壊死性リンパ節炎」を煩って上半身のリンパ節が全部晴れ上がってしまってその痛みは「拷問級」だったことです。一般的な鎮痛剤が効かずに座薬で痛みを緩和してました。あの痛みはもう味得合いたくねぇ〜。 ボクの場合治療に「ステロイド」を使いました。ステロイドを使うと抵抗力がなくなるので「ノロウィルスのはやってる時期」でしたので感染するのが怖かったです。 担当医から病名を告げられたとき「壊死?」と聴いて「このまま俺ってこのまんま死ぬのかなぁ〜」って思っちゃいました。当時病名が確定するまで「白血病の疑いまでかけられて大変でした」完治するまでリハビリ病棟から内科病棟へ移されて、約1ヶ月近くかかりました。起き上がれなかったこともあって、「麻痺側のアキレス腱が縮んでしまって」お陰で別の病院へ転院したときに『アキレス腱腱腱延長術』というオペを受けました。
http://www.geocities.jp/ficklenon/sick-rinpa2.html
http://www.geocities.jp/ficklenon/sick-rinpa2.html
2009年08月05日
意外に「要介護3」ってきついんですよ。
意外に「要介護3」ってきついんですよ。
ボクの介護認定の等級。「寝返りが打てない」「起き上がりができない」など
発病前までそんなこと考えたことも無かった。
http://www.urban.ne.jp/home/haruki3/youkaigo3.html
寝る時は「仰向けの姿勢オンリー」で
仰向けになっても「背中の筋肉のトーン(緊張)が高くて痛みが走るので寝てリラックスできない」
先週からやっと横向けができるようになったのでうれしくてうれしくて夜中ゴロゴロしてる。
ボクの介護認定の等級。「寝返りが打てない」「起き上がりができない」など
発病前までそんなこと考えたことも無かった。
http://www.urban.ne.jp/home/haruki3/youkaigo3.html
寝る時は「仰向けの姿勢オンリー」で
仰向けになっても「背中の筋肉のトーン(緊張)が高くて痛みが走るので寝てリラックスできない」
先週からやっと横向けができるようになったのでうれしくてうれしくて夜中ゴロゴロしてる。
2009年08月02日
脳浮腫
脳浮腫
TV番組の中で「脳浮腫」が話題に出たため、「かつておばあちゃんもこの症状で大変打たったんだぞ」、って話したら、それをきいていた妻が「何言ってるのあなたもそれで、去年は大変だったんだからね!」だって。「えっ?!」初耳。
妻によると症状が長引いてそれで麻痺が重度になったそうだ「生きてる方が奇跡的」とのこと。そうだったのか、ぜんぜん知らんかったなぁ〜。
TV番組の中で「脳浮腫」が話題に出たため、「かつておばあちゃんもこの症状で大変打たったんだぞ」、って話したら、それをきいていた妻が「何言ってるのあなたもそれで、去年は大変だったんだからね!」だって。「えっ?!」初耳。
妻によると症状が長引いてそれで麻痺が重度になったそうだ「生きてる方が奇跡的」とのこと。そうだったのか、ぜんぜん知らんかったなぁ〜。
2009年07月30日
もしも健康ならば。
「バリバリ」働くんだけどなぁ〜、って妻にいったら「病気になったのは、睡眠不足が一番の原因なのだから、そういう仕事の仕方はやめて!」って叱られた。
脳出血の前の週に前兆があったようだ。妻が言ったことを「聞いていない」って答えたり言っていないことを「さっき話したけど」って言ったりしてとても違和感があったそうだ。自分では全く気づかなかったな。
脳出血の前の週に前兆があったようだ。妻が言ったことを「聞いていない」って答えたり言っていないことを「さっき話したけど」って言ったりしてとても違和感があったそうだ。自分では全く気づかなかったな。
2009年07月29日
ヒトフード宣言
2009年07月29日
「奇跡の脳」で学んだこと
ジル・ボルト・テイラー著(竹内薫訳)「奇跡の脳」
http://www.shinchosha.co.jp/book/505931/
ハーバードの第一線で活躍する女性脳科学者(ジル・ボルト・テイラー)
のような素晴らしい学者でも回復したのに8年もかかったのだから、ボクなんかだと10年くらいはかかるだろうね、って考えるわけ、褪せたってしかたないし。
ボクのやってることは「メガミタミン健康法」
メグビーの指導による「メガミタミン健康法」(分子栄養学)の実践
http://www.megv.co.jp/index.html
http://www.shinchosha.co.jp/book/505931/
ハーバードの第一線で活躍する女性脳科学者(ジル・ボルト・テイラー)
のような素晴らしい学者でも回復したのに8年もかかったのだから、ボクなんかだと10年くらいはかかるだろうね、って考えるわけ、褪せたってしかたないし。
ボクのやってることは「メガミタミン健康法」
メグビーの指導による「メガミタミン健康法」(分子栄養学)の実践
http://www.megv.co.jp/index.html
2009年07月13日
よい介護職は、どうして居つかないのか介護職が職場を辞めるとき
よい介護職は、どうして居つかないのか〜介護職が職場を辞めるとき〜
ボクも入院中は介護されていた立場でしたので、
http://www.youtube.com/watch?v=RHIK207T_9Q&feature=related
目を背ける訳にいかないわけで
現在も介護ヘルパーさんの介助に頼っているし
よい介護職は、どうして居つかないのか〜介護職が職場を辞めるとき〜
ボクも入院中は介護されていた立場でしたので、
http://www.youtube.com/watch?v=RHIK207T_9Q&feature=related目を背ける訳にいかないわけで
現在も介護ヘルパーさんの介助に頼っているし
よい介護職は、どうして居つかないのか〜介護職が職場を辞めるとき〜
2009年07月10日
発病時からの記憶と現状
発病時からの記憶と現状
自身では前兆予兆に気付かなかった
今にして思うと、とにかく睡眠が少なかった(浅かった)
受講者の就職を思案して毎晩パソコンの前で眠っていたような状態だった、職業訓練の就職担当もしていたために、訓練終了後「3ヶ月以内」に受講者のうち「55%以上」を訓「練内容に合った職」に就かせないと講座料金を支払わないという条件があって、そのために受講者に就職先を紹介していて口探しに苦労していた、たとい就職口があっても、更に企業人事担当からは私の推薦もあって、採用前提の面接という状況も少なくない状況なのに、「土日祝祭日は休み」、「給料が少ない、(もちろん他社とほぼ同額を提示してもらったけれど)」など要望ばかり多くて実際にはなかなか成立せずにほとほと参っていた。「就職率をあげるよう」にと経営者とハローワークとの板ばさみにあっていた。
そのような状況も合って眠れなかった。
・2008年5月8日(ゴーヤーの日)職務中にいきなり左手の握力がなくなる。(左半身の片麻痺)
・救急車にて搬送される。
・2008年9月に担当医から「どうにか住まいの2階に上がれたとしても1階へは生きている間に下りようとは考えないで下さい」「生きて地面を踏むことは不可能」とまで言われる。
・2009年3月退院前に退職、経営者から退職を示唆。
・同年12月「沖縄リハビリテーションセンター病院」へ転院。
2009年5月退院、自宅療養、週2回の「訪問リハビリ」、週2回の「訪問マッサージ」を契約。
2009年7月外出時に階段で住まいの2階より1階へ移動のための「介護ヘルパー」と契約。移動を介助してもらうことに。
・2009年7月には(ヘルパーや妻の介助を得て)約15分程度で1階までの移動が可能に。
2009年7月今後の服飾を視野に入れて外出に慣れるように「(自称)外出リハビリ」のために「那覇市身体障害者福祉協会へ入会」「那覇市身体障害者福祉センター」へ週1回通わせてもらえるように契約。
自身では前兆予兆に気付かなかった
今にして思うと、とにかく睡眠が少なかった(浅かった)
受講者の就職を思案して毎晩パソコンの前で眠っていたような状態だった、職業訓練の就職担当もしていたために、訓練終了後「3ヶ月以内」に受講者のうち「55%以上」を訓「練内容に合った職」に就かせないと講座料金を支払わないという条件があって、そのために受講者に就職先を紹介していて口探しに苦労していた、たとい就職口があっても、更に企業人事担当からは私の推薦もあって、採用前提の面接という状況も少なくない状況なのに、「土日祝祭日は休み」、「給料が少ない、(もちろん他社とほぼ同額を提示してもらったけれど)」など要望ばかり多くて実際にはなかなか成立せずにほとほと参っていた。「就職率をあげるよう」にと経営者とハローワークとの板ばさみにあっていた。
そのような状況も合って眠れなかった。
・2008年5月8日(ゴーヤーの日)職務中にいきなり左手の握力がなくなる。(左半身の片麻痺)
・救急車にて搬送される。
・2008年9月に担当医から「どうにか住まいの2階に上がれたとしても1階へは生きている間に下りようとは考えないで下さい」「生きて地面を踏むことは不可能」とまで言われる。
・2009年3月退院前に退職、経営者から退職を示唆。
・同年12月「沖縄リハビリテーションセンター病院」へ転院。
2009年5月退院、自宅療養、週2回の「訪問リハビリ」、週2回の「訪問マッサージ」を契約。
2009年7月外出時に階段で住まいの2階より1階へ移動のための「介護ヘルパー」と契約。移動を介助してもらうことに。
・2009年7月には(ヘルパーや妻の介助を得て)約15分程度で1階までの移動が可能に。
2009年7月今後の服飾を視野に入れて外出に慣れるように「(自称)外出リハビリ」のために「那覇市身体障害者福祉協会へ入会」「那覇市身体障害者福祉センター」へ週1回通わせてもらえるように契約。
2009年07月10日
壊れかけのRadio / 徳永英明
壊れかけのRadio / 徳永英明
http://www.youtube.com/watch?v=MT_wFx9mLhM

毎朝起床時にこの曲を思い出す。
脳をやられたということはけっこういろんな面で不都合が起こる。
起床時に力が入るのがどこに力が入るか予測がつかない、
いきなり麻痺側の腕がぐぐっと曲がったり、つりそうになったり、
脚も同様に急に伸びたりして、腰に痛みが走ったりと、
予想していないところが急に動き出したりと、
「予測不能箇所が急に動き出すので、壊れかけたラジオ」を思い出すわけ。
http://www.youtube.com/watch?v=MT_wFx9mLhM

毎朝起床時にこの曲を思い出す。
脳をやられたということはけっこういろんな面で不都合が起こる。
起床時に力が入るのがどこに力が入るか予測がつかない、
いきなり麻痺側の腕がぐぐっと曲がったり、つりそうになったり、
脚も同様に急に伸びたりして、腰に痛みが走ったりと、
予想していないところが急に動き出したりと、
「予測不能箇所が急に動き出すので、壊れかけたラジオ」を思い出すわけ。
2009年06月27日
身体障害者福祉協会
見に行った案外近所にあった。来週あたりにでも言ってみるつもり、家に引きこもっていてもしょうがないし、外出の機会を増やすことにするつもり。
http://www.normanet.ne.jp/~ww101763/frame.htm
http://www.normanet.ne.jp/~ww101763/frame.htm
2009年06月27日
ヲレってしあわせだな〜
って感じる今日この頃、娘が食事時にときどきみんなで(食べて)楽しいね!」と言ってくれる。去年死んでたらこんなすてきな時間は持てなかったな。つくづくそう思うよ。[生きててよかった」
2009年06月25日
久しぶりの外来受診
入院先の懐かしい病院に行ってきました。1階の待合室にいると、懐かしい看護士さんやリハビリスタッフとお会いする、皆さんに名前を覚えていただいているのは、感激、退院してもうすぐ2ヶ月。
2009年06月15日
2009年06月10日
ちょっとした運動が大切なんだ
昨日整形外科で「右肩周囲炎」之診断を受けた、右肩にカルシウム分が溜まってのの50肩だと、注射による、肩部からのカルシウム分の吸引になっちゃうのでそれは怖い、今日の訪問マッサージのt適度な運動と、湿布役の効果で大分痛みも取れ、腕もそこそこ上がるようになって一安心。ちょっとした体操や運動が大切なんだな〜、を実感。
2009年06月08日
妻はその反応に困惑してた
ボクはかなりマジに脳をやられた人の歩きって「ゾンビっぽいんだよ」って思う
ってるんだよね、自身も含めて。
つくづくゾンビっぽい歩きだなって...(本気に、マジに)
そういうと妻は「それで私は笑ったらいいの??」って大分困惑してた。たしかにな〜。笑えないよな。ボクは当事者だから客観的にそう見ちゃうけどね。一歩間違えると人権擁護団体に訴えられちゃうよね。実に危ない表現だよね。入院中の自分自身の歩行訓練中の記録動画を見てつくづくゾンビっぽいって感じちゃうし。
http://www.youtube.com/watch?v=jfShkumjeq8
でも先日デイサービスを見学に行ったらつくづくそう思ったよ。
脳をやられちゃった人の歩行状況ってかなりバランスがわるいな、麻痺が入ってるとぎこちない歩きだ。
でも、映画を観ていると歩行が上手なゾンビもいるし、人それぞれ、否、ゾンビそれぞれだな〜。
ってるんだよね、自身も含めて。
つくづくゾンビっぽい歩きだなって...(本気に、マジに)
そういうと妻は「それで私は笑ったらいいの??」って大分困惑してた。たしかにな〜。笑えないよな。ボクは当事者だから客観的にそう見ちゃうけどね。一歩間違えると人権擁護団体に訴えられちゃうよね。実に危ない表現だよね。入院中の自分自身の歩行訓練中の記録動画を見てつくづくゾンビっぽいって感じちゃうし。
http://www.youtube.com/watch?v=jfShkumjeq8
でも先日デイサービスを見学に行ったらつくづくそう思ったよ。
脳をやられちゃった人の歩行状況ってかなりバランスがわるいな、麻痺が入ってるとぎこちない歩きだ。
でも、映画を観ていると歩行が上手なゾンビもいるし、人それぞれ、否、ゾンビそれぞれだな〜。


